矢代仁 専属蝋纈作家 丸岡正男個展 一筋の歩み

株式会社 矢代仁 創業290周年 特別記念催事
矢代仁 専属蝋纈作家 丸岡正男個展 一筋の歩み

と き: 4月23日(金)~26日(月)
10:30~19:00まで
ところ: 青山 ゑり華2階 ギャラリー「華」

丸岡先生 4月23日・24日・25日 ご来場

京都の老舗メーカー問屋、株式会社矢代仁は今年創業290周年を迎えました。
その創業は享保五年(1720年)のこと。世は八代将軍徳川吉宗が享保の改革をすすめ、時代は新しいシステムに生まれ変わろうとしているときです。 吉宗は破綻した幕府の財政を立て直すため、自らも着物は木綿、食事は朝夕の2回とし、献立も一汁三菜とし質素倹約を奨励したといいます。

矢代仁の社訓も「慎莫墜祖業」(慎みて祖業を墜とすことなかれ)。
創業以来質素倹約、正直勤勉のもの作りを重ね、今日に至っております。 その矢代仁で30年以上に亘って専属で作品を作り続けている人がいます。

蝋纈(ろうけつ)作家、丸岡正男氏。
臈纈の作家さんのなかでは最高峰の技術を持つ方です。

この度、青山ゑり華では矢代仁さんの290周年を記念して、丸岡正男氏の個展を開催することになりました。 厳しい修行を経て確立された技術と、熟練の技の融合が見事です。
ややもすると高い技術は着る人を躊躇させるものですが、丸岡先生の染める着物にはまったくそれがありません。
あくまでも着る人を優しく包み込むその技は、職人として一途に歩んでこられたその足跡に重なります。
職人として妥協せず、経営者としては無欲であった生き方が、白絹の生地の上で穏やかに現れ、着る人をも優しくしてくれるのではないかと思います。

蝋纈作家丸岡正男氏の円熟の技を
貴方に是非味わっていただきたい

臈纈染とは
臈纈染は白生地に蝋を置きます。その上から色を掛けても、蝋を置いた場所は水をはじき染まらない。筆などで生地に絵を描くように染めていきます。 何色にも染めたいときには、蝋置きと色掛けを繰り返して染めます。

明けても暮れても模写の修業時代
高校を卒業後、遠縁に当たる臈纈作家杉田博美先生に入門。昔の徒弟制度 がまだまだ色濃く残っている時代です。給料はなく小遣いをもらうだけ。
工房の雑用をこなし、後は明けても暮れても模写の毎日でした。日本画家 今尾景年(1845~1924いまお・けいねん)が明治24年に刊行した『景年花鳥画譜』を、最初はガラスの下に置いて上からなぞって模写し、慣れてきたら見ながら直に模写。景年の鋭い筆さばきやタッチを明けても暮れても模写する毎日でした。

冴えわたる職人芸 今まさに円熟の時
丸岡先生の凄いのはその筆さばき。下の写真は先生の代表的な柄、乱菊。細くて繊細な線が見事に乱菊を表現しています。ノンビリしているとすぐに固まる蝋を、筆の先だけで一気に書き上げます。大変な下積みを経て今日に至った先生ならではの作品です。


▲蝋叩きをする先生
10本の繋げた筆で、トンカチで叩きながら蝋を生地に落とす。ムラにならぬように、技と根気の要る仕事。


▲訪問着 波の柄
これだけ細かく手で描いて色柄がほぼピッタリ合う。これぞ職人芸。 あらゆるシーンで活躍しそうな一枚です。504,000円

私の力では先生の良さをお伝えできないのが悔しいです。 
是非ご来店賜り先生の人柄と作品に触れてください。


▲丸岡正男氏プロフィール

昭和18年 福井県芦原で生まれる
昭和38年 石川県立大聖寺高等学校卒業
染色作家 杉田博美先生に入門
昭和39年 日本画家、浅野鶴汀先生に師事
昭和49年 杉田先生より別家、独立
昭和50年 京都彩芸美術協同組合に入会
昭和51年 彩芸展にて、藤井大丸賞受賞
昭和53年 彩芸展にて、彩芸優秀賞、
京都染色試験場賞
昭和54年 日本染色作家展に於いて中日賞
昭和55年 彩芸展にて、大阪通商産業局長賞、知事賞、彩芸優秀賞
昭和60年 彩芸展にて、
大阪通商産業局長賞
昭和61年 彩芸展にて、
大阪通商産業局長賞
平成3年 通産大臣賞
平成6年 日本伝統工芸士認定


▲景年花鳥画譜 復刻版


▲乱菊 塩瀬帯地お太鼓部分


▲乱菊アップ すべての線が花芯から伸びています。


▲蝋叩き着尺 無地感覚の着物としてお茶席など幅広くお召し頂けます。
294,000円

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